執筆状況(本にするかは未定)

 今執筆中の小説です。本にするかどうかは未定です。「続きを読む」から読めます。

――あらすじ――

 アメリカの大富豪マクレイン家の次男ヘンリーは、その夜長い片思いに終止符を打とうとしていた。ずっと好きだった親友ルイは、兄の伴侶となるのだ。だが同じ夜に、ルイの双子の兄ジェラールから告白され、気持ちが揺らぐ……。
 全身で、教会の重い扉を閉める。大きな音とともに外の世界が切り離されると、ひどく安堵して力が抜けた。
 ヘンリーは荒い息をつきながら、ふらふらと中央の通路を進んだ。火の気もなく真っ暗だったが、何とか手探りで祭壇へ辿り着く。
 静かだった。さっきまで走り続けてきた道の、車の排気音も人の気配も、ビルからの灯りも何一つこの中には入ってこられないのだ。
 視界が大きく揺れる。頽れた膝は、多くの人々に長年踏みしだかれてきた絨毯に落ちた。
 自分が震えているのを、このときになってようやく自覚する。
 顔を上げられない。今更ながらに、恐ろしくなって。
 頭上から自分を見下ろしている、存在が。
 そもそも、普段日曜の礼拝にすら足を運んだことのない自分などが、ここへ逃げてくること自体が間違いだったのだ。
 薄暗がりに、少しずつ目が慣れてくる。
 強く握りしめていた両の手を、ヘンリーはゆっくりと開いていった。
 所々が、ひりひりと痛い。寒さと乾きの中を駆け続けていたせいで、皹ができているのだ。
 こんな痛みがあるのだと、ほんの三ヶ月前までは知らずにいた。
 夜に包まれた静寂は重く、立ち上がれそうにない。
 痛む手を、自然に組み合わせていた。
 頭を垂れ、目を閉じる。
 祈りは、浮かんでこなかった。
 ただただ悔恨ばかりが湧いてきて、懺悔と呼ぶにもおこがましい繰り言となる。
 ほしかったのは、赦しではなく。
 罰、だったのかも、しれない。


     *


 広い屋敷の中では、パーティーの賑やかさから容易に逃げることができた。
 普段は飲まない酒に大量に手を出したせいで、ただ廊下を歩くことも覚束ない。
 ヘンリーは、ようやく辿り着いたリビングのソファに、倒れ込むようにして身体を投げ出した。
 目を閉じるのが怖い。瞼の裏に浮かぶのはきっと、さっきまでいやと言うほど見せつけられた、親友の幸せな笑顔だから。
 ルイ。
 十七の時から七年のつきあいになるが、あんなに喜びを露わにしているのを見たことがない。
 腹の奥からせり上がってきたものに呼気が止められて、ヘンリーは呻いた。
 酒のための不快感ではない。胸が締め付けられて、痛くて苦しい。
 残酷な回想が、ぐるぐると頭の中をよぎって消えてくれない。
 教会。祭壇。
 神父の言葉。誓い。
 口づけ。
 ルイは今日、ヘンリーの兄ジェイムスと結婚した。現在では同性であることは何の障害でもなく、彼らは晴れてパートナーとなれたのだ。
 目の前が、不意に闇と落ちてヘンリーは思わず呻く。
 頭が痛い。
 飲みすぎたせいだろうか。
「大丈夫か?」
 上から不意に落ちてきた声に肩が震えたのは、身の内を苛む感覚をやり過ごそうとしていたのに気を取られていたためばかりではなかった。
「ヘンリー?」
 呼ばれて、顔を上げる。無機質な電灯の光を優しく反射させる金の髪と、気遣わしげな青い瞳に、思わず手を伸ばしそうになった。
 けれど直前で、僅かに残っていた理性が教えてくれる。
 目の前にいる人が、求める相手ではないことを。
「……ジェラール」
 かすれた声で、ヘンリーは呟いた。
 ジェラール・クラヴィエ。ルイの双子の兄で、初対面ならばまず見分けがつかないほどよく似ている。
「ずいぶん飲んでたけど、気分悪くなった?」
 話しかけながら、ジェラールはヘンリーの隣に腰を下ろしてくる。背中にそっと添えられる手は温かくて優しくて、泣きそうになった。
 ルイならば、こういうときはまずぶっきらぼうに悪態をつく。限界を考えて飲めとか、明日は仕事があるだろうとか、そんな風に。
 口数少なく、ただただ労ってくれるジェラールとは正反対だ。
「部屋に戻るなら、送っていくよ?」
「……大丈夫」
 いつもなら、絶対に間違えたりしないのに。
 違うとわかった上で、縋りたくなることもないのに。
「少し休めば、平気だから」
 自分が情けなくて、顔を上げられない。
「変な夢を見て、まだ気になっているだけだから」
 事実であってもそんなどうでもいいことを言い訳に使ったのは、少しでも双方の気持ちを他へ逸らしたかったからだ。
「昔から何度も見るんだけど、このところ頻繁になって。訳がわからなくて、その夢を見た日はいつもおかしな感じなんだ」
「どんな夢?」
 背中を支える手が、動く。
 肩を抱かれて胸がざわめいた。
 だが変に意識するのも憚られて、ヘンリーは努めて同じ調子で続ける。
「背の高い男……たぶん男だと思うんだけど、決まってそいつが出てくる。俺に何か話しかけていて、夢の中では会話もしている記憶があるんだけど、起きたら内容は全部忘れているんだ」
「ふぅん。確かにそんな夢見たら気になるよな」
 ジェラールの温もりが離れていく。自分の身体がきちんとソファに座らされていることに、ヘンリーはようやく気がついた。
 途端に、恥ずかしくなる。
 過剰に反応しすぎたことが。
「……やっぱり、今日は駄目だな」
 ジェラールの顔を、直視できずにヘンリーはそっと俯いた。
 同じ金髪でも、ヘンリーの髪が柔らかく癖があるのに対しルイとジェラールのそれはまっすぐで絹糸のようだ。色も彼らの方が淡く、優しい。
 特に性格が穏やかなジェラールには、そんな柔らかな色彩が似合っているように思える。ルイは笑みを浮かべているよりも仏頂面やしかめ面の方が圧倒的に多いし、人見知りなのか初対面の相手にはろくろく口も利かない。
 溜息が出た。
 無意識に、傍らにいる人の半身を求めてしまっている。重ねてしまっている。
「引き留めてごめん。もう戻った方がいい」
 視線を合わせないまま立ち上がり、ヘンリーはきびすを返しかけた。
「一緒に戻らないの?」
「……先に部屋で休む」
 こんな気持ちのまま、酒でたががはずれやすくなった状態で、ルイと兄の前には出られない。
「送っていくよ?」
「自分の家なんだから、どんなに酔ったって迷ったりしない。心配しないで」
 本当は、振り向いて笑顔でそう言えたら、説得力があったのだろうけれど。
「おやすみ。また明日」
 実際には、それだけの言葉を絞り出すのが精一杯で。
 ヘンリーは、逃げるように一歩踏み出した。
「ヘンリー」
 だから。
 そのときまで、気づけなかった。
「ちょっと待って。少しだけ」
 後ろから強く腕を引かれ、体勢を崩す。
「……ごめん。大丈夫?」
 倒れ込んだ背中を受け止めてくれたのがジェラールだと、触れ合う温度と肌で知る。
 容易に頬が熱くなったのは、酒のせいだ。
 きっと。
「こんな時に言うべきことじゃないってわかってるけど、今このまま帰したくない」
 肩から、腕へ。
 掌が、滑ってくる。
「は……なせ」
「放さない」
 手は、腕は、するすると動く。
 ヘンリーの身体に巻き付いて、鎖となる。
 鋭く飲み込んだ呼気で、喉が干上がった。
「ヘンリー」
 囁きが、ずしりと身体の中に落ちてくる。重しとなる。動けない。
 似ている。似すぎている。
 同じ声。
 けれどこんな時でなければ、絶対に間違えたりしない響き。
 ヘンリーはきつく目を閉じる。
「おかしな冗談……やめろ」
 惑わされては、いけない。たぶん、ジェラールも相当酔っているのだ。でなければ、こんなことをするはずがない。
「ヘンリー、聞いて。お願いだから」
 思うようにならない身体で、それでも抗おうとしたのを、容易く抱きすくめられる。飛び出しそうになった悲鳴は、封じられた。
「……ごめん。でも、ちゃんと聞いて」
 幻のような刹那の、柔らかな温もりで。
 指ではなく、掌でもなく。
 自分の唇をかすめていった感触の正体を、一瞬遅れて悟りヘンリーの頭は真っ白に濁る。
「ヘンリーの気持ち、俺は知ってるつもりだよ。だから答えは急がないし、強要もしない。君にとって迷惑なら、遠慮なく言ってくれていい」
 優しい戒めが、解かれる。そのままジェラールに向き直らされ、ヘンリーは急いで顔を背けた。
 迷惑なら言え、などと。
 たった今キスした唇で、勝手なことを。
 顔から熱がひかない。なぜか涙がにじんでくる。
 目の前の相手を怒鳴りつけて、このまま踵を返してもいいはずだ。なのに指先一つ動かず、どんな言葉すら浮かんでくれない。
「ごめん、突然で」
 謝罪と一緒に頬に触れた手に、びくりと身体が震えた。どこまでも気遣うような彼の所作の、しかし厳然とした力で以て、視線はゆっくりと攫われていく。
 彼の、碧眼へ。
 晴れた夏空のようで、目にする度憧れた色。
 ルイと同じ。
「すぐでなくていい。でも、考えてほしいんだ」
 こつんと、額が触れあった。
「君が好きだよ、ヘンリー」
 半ば予想していた言葉が、想像以上の痛みで襲いかかってくる。
「ごめんね、混乱させて」
 頬に降りた口づけに、目眩がした。
「おやすみ」
 風が起きる。微かに。
 我に返ったのは、身体の自由が戻ってきたのは、どれくらい経ってからのことだったろうか。
 ゆっくりと辺りを見回したヘンリーのそばには、もう誰もいなかった。
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テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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(株)パブリッシングリンクで主にファンタジーのTL、いるかネットブックスではBLとライトノベルで活動しています。

八谷 響@エルス

Author:八谷 響@エルス
 (株)パブリッシングリンクより、「奇跡の歌は南を目指す」でデビュー。最新作「貴公子が愛した身代わり乙女~想いは恋文に秘めて~」配信中。いるかネットブックスでBL、ライトノベルを配信しています。最新作は「カフェ・アクアリウムの不思議な事件」です。

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