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2012.08.02
キッチンファイブ

 10月のイベントでだす本です。『戦え! 料理戦隊キッチンファイブ!』34Pで200円くらいの予定です。イラストはa++様に描いていただきました。挿絵二枚です。
 本文サンプルは「続きを読む」からご覧ください。
 穂樽虹一は、部室である家庭科室に足を踏み入れようとして、口を開けたまま立ちすくんだ。
「あ、穂樽君いらっしゃい」
「あ……ども」
 声をかけてきた部長の橋倉えみりに会釈するが、虹一の足は動かない。いや、動けなかった。
「そんなとこ立ってないで入りなさいよ。あれ、その袋は?」
 尋ねてきたのは二年生の立花文香で、虹一がぶら下げていたスーパーの袋を勝手にのぞき込んでくる。
「卵?」
「今日、プリン作るって言ってたから……」
 事前連絡でもなぜか材料などについて言及されていなかったが、えみりが忘れたのだろうと考えてわざわざ家から持ってきたのだ。ちなみに、今まで職員室の冷蔵庫に入れてもらっていた。
「材料はいらないって言ったはずだけど?」
 しかし、文香は怪訝そうに袋と虹一の顔を見比べている。彼も負けず劣らず疑問を表に滲ませて、部長の方を見やった。
「うん。特に何もいらないから、材料については言ってなかったはずだよ?」
「何でですか?」
 この高校の家庭科部はほとんど同好会扱いなので、部活動の際には各々持ち寄れるものを学校に持参することになっている。だから、よもや部費で賄うなどとはまったく考えもしなかったのだ。
「今日のメニューは特別なのよ」
 えみりは言いながら、足下に置いていた何かを机の影から持ち上げようとした。うんうん真っ赤な顔で小柄なポニーテールの彼女が唸っているので、虹一は遅ればせながら手伝おうと一歩踏み出したが。
「よいしょぉっ!」
 どーん! と音がした。ような気がした。
「あー重たかったぁ」
 机の上に投げ出された巨大なプラスチックの袋に、虹一の目は釘付けになった。
 銀色の鈍い輝きの上に、白いシールが貼られている。黒字で素っ気なく書かれた文字は、内容物だろう。
 だが。
「穂樽君、現実逃避してない?」
 『それ』のほうに歩み寄り、文香が苦笑していた。えみりと並ぶと、その背の高さと豊満な肢体がより一層強調される。大人びたその美貌もだ。
「しょうがないよ、去年は私達もそっこー退部したくなったもん」
「ああ、そうだったっけ」
 懐かしげに思い出に浸る先輩達に向けて、虹一はおずおずと右手を挙げた。
「はい、穂樽君!」
 びしっとえみりが指を突き出してくる。虹一はなるべく『それ』から視線をはずしつつ、至ってシンプルな質問を投げかけた。
「今日の料理って、プリンですよね?」
「そうよ」
 何を今更、といった調子でえみりはこくんと首をかしげる。文香の方は、さらに机の下から何かを取り出そうとしていた。
「うちの部には伝統行事があってね。毎年六月六日に部員総出でプリンを作るんだけど……」
 乾いた音を立てて、文香は『それ』の横にあるものを並べた。
 虹一は、すんでの所で気を失うところだった。
「五人以上いないとできないのよね。一年は穂樽君だけだけど、ちゃんと全部を見聞きして後世に伝えるのよ」
 何が起きようとしているのだろう。
 目の前にある、これらは何だ。
 銀色の袋には、こう書かれている。
『スペシャルプリンミランジェ(業務用)』
 そしてその横には――掃除当番の時に使うのと同じ、プラスチックの青いバケツが燦然と屹立していた。

「いつ頃から伝統になったのかは、定かじゃないんだけどね」
 脈々と受け継がれているというエプロンが入った段ボールをあさりながら、えみりは訥々と語る。
「我が家庭科部では、いつの日か十五リットルバケツでプリンを完成させ、みんなで食い倒れるという悲願があるのよ」
「バケツ……」
 虹一は、改めてその異物を凝視した。どうみても各教室に一つ備え付けてあるあれだ。なぜあれでプリンを作ろうという発想に繋がったのか。絶対食欲が失せる。
「あ、もちろんあれはこの日のために用意した新品で、消毒もすませてあるよ」
「いやいやいやいやそういう問題じゃないですよ」
 精神衛生上よろしくないという話である。
「この日のために、田村君はわざわざ実家の方で有名な天然水を用意してくれたのよ」
「うわあ、すごくお肌によさそう!」
「いやあれを材料にして食う時点で肌より身体全体に悪影響ですから!」
 『スペシャルプリンミランジェ(業務用)』は説明書きを読むまでもなく、ファミレスなどで大量にプリンを作るときに使用される、いわゆるプリンの素である。栄養成分表を見て、虹一は二度目の気絶の危機にさらされたばかりだ。
 水を持ってきた田村浩志は、温厚な笑みで三人のやりとりを離れたところで見守っていた。普段は頼れる優しい先輩なのだが、今の虹一には彼すら彼岸の人である。
「さ、穂樽君もこれつけて」
「はぁ……」
 えみりから差し出された青いエプロンを、しかたなく虹一は広げた。
「ん? どうしたの? あ、ちょっと汚れて見えるけど、いちおう昨日洗濯してきたから大丈夫だよ?」
「いや……あの……」
 ぎぎぎと首を動かして、虹一はそこに見てはいけないものを見出してしまった。
「去年からずっと夢だったの! この『キッチンレッド』のエプロンをつけるのが!」
「はい、田村君はグリーンね」
「ということは、ブラックは鏑木か」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 裏返った声で叫んだ虹一を、先輩三人が一斉に振り返る。
 彼はその六つの目の前に、青いエプロンをつきだした。
「何ですか、これ!?」
 さも当たり前のように、先輩三人が身につけたエプロン。えみりが赤、文香がホワイト、浩志は緑。そして虹一は青だ。色こそ違えどデザインはすべて同じで、上から下まで斜めがけにバーニングな書体で文字が入っていた。
「料理戦隊キッチンファイブって何なんですか!?」
「だから、伝統よ」
 えみりは、やや大きめのエプロンに覆われた薄い胸をぐっと張った。
「さあ、穂樽君! もたもたしてるヒマはないわ! 早く取りかからないと、敵が来る!」
「て、敵?」
「来たぞっ!」
 廊下を覗いていた浩志が叫ぶのと、ほぼ同時だった。
「ふははははははは!」
 謎の哄笑が響き渡る。
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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